ダニについて

1. ダニはどこにでもいる


 ダニと聞くと、だれもが顔をしかめる.動物にたかって血を吸う寄生虫を思い浮かべるからだ.しかし、実際に調べてみると、寄生性のものはダニ全体から見れば一部に限られ、それよりもはるかに多くのものが非寄生性(自活性、自由生活性)である。

 そもそも、ダニがこの地球上に出現したのは、発見されたもっとも古いダニ化石から、古生代のデボン紀(約3億8千万年前〜4億年前)であるという。そのころ,鳥獣はおろか、恐竜すらまだ出現していないから、たかる相手もいないのである。見つかった化石ダニは形態的特徴から、現生のケダニ類に近いものであり、そうなるとダニの祖先は捕食性、つまり他の小さな虫などをとらえて食べていたらしい。つまり、自活性のダニだったのである。

 さて、自活性のダニとなると、これは地球上いたるところに住みついている。赤道直下の熱帯から南極・北極の寒帯まで、陸域では原生林、二次林、人工林、公園緑地、草原、果樹園、畑、ゴルフ場、道路植栽にいたるまで、水域では湖沼、池、渓流、河川、泉、さらには洞穴の中まで、およそダニのいない環境はない。確実にダニが住めないのは、今なお噴火し続けている活火山の火口の中くらいである。

2. たとえばイエダニ


 ダニはどこにでもいると言った以上、私たちの身の回り、すなわち人の生活の場にも見出されるはずである。まず、家の中でダニを探してみよう。一昔前は、家の中のダニといえばイエダニと決まっていた。しかし、今はイエダニのいる家は少なくなった。なぜなら、日本の住居の形態が変わり、天井裏のある家が少なくなって、イエダニの本来の寄主であるネズミが少なくなってきたからである。もっと正確にいえば、下水などで生活するドブネズミは増えたものの、建物内に住みつくクマネズミが減ったからである。天井裏のある従来の日本家屋にはイエダニが居る可能性があり、その場合にはガーゼにくるんだドライアイスを天井裏に置けば、イエダニが集まってきて簡単に捕獲できる。イエダニはドライアイスから発生する炭酸ガスをネズミの呼気と勘違いして寄ってくるのである。このように、イエダニはもともとヒトの寄生虫ではなく、本来ネズミにたかるダニなのである。ツルツルしたヒトの肌よりも、毛深いネズミの体表の方が付き心地がいいのであろう。ヒトを刺すのは、よほど空腹で困ったときらしい。

3. 問題となるダニ


 日本に生息しているダニのうち,人間の血を吸う問題となる主要なダニは,科なら全体の3%,種ならわずか0.9%となる(科は多くの属を含み,属は多くの種を含む.したがって,科で割合を計算すると,関係のない多くの種を含むことになるので当然,割合は増えてしまう).次に,人間の身体に寄生するダニは14科で全体の6%,種では73種で3%となる.穀物害虫などをふくむ人間の生活圏(住居環境)などに生息する有害なダニは20科で8%となる.また,もっと範囲を広げて,人間の経済活動に影響を与える農業被害をもたらすダニ等も含むと44科19%となる.

 日本に生息するすべてのダニのうち,どのように多く見積もっても人間に害を及ぼすダニは,科のレベルで約20%にしかならない.すると,人間と全く関係のないダニは80%もいることになる.人間と全く関係のないダニの研究は当然ながら,あまり進んでいないので,名前のついていない人間に無関係のダニ(自活性)の種も多いことが予想されている.したがって,人間と関係のない自活性ダニの割合は,日本に生息しているダニのうちでももっと多くの割合を占めているのだろう. 

 さて,人間が地球上に現れる以前から,ダニは地上のほぼすべての場所にいた.そうなれば,人間のそばにもいつもダニがいて当然である.悪いダニ(害になるダニ)もいれば、良いダニもいる。?

4. ダニは何の仲間か


 ダニは節足動物門に属する。つまり、足(脚)に節がある仲間に入る。さらに節足動物門は、鋏角亜門(サソリ・クモ・ダニなど)、多足亜門(ムカデ・ヤスデなど)、甲殻亜門(エビ・カニ・ワラジムシなど)、六脚亜門(昆虫:セミ・チョウ・カブトムシ・バッタなど)などに分けられる。(現在のところ甲殻類と昆虫類が単系統をなす汎甲殻類が支持されている。)

 ダニはこのうちの鋏角亜門に属する。すなわち、ダニは節足動物ではあるが、昆虫ではない。やはり嫌な虫として嫌われているノミ・シラミ・ナンキンムシ・カ・ブユ・ハエはみんな昆虫であるが、ダニだけは昆虫ではないのである。では。何のなかまかというと、サソリやクモの仲間ということになる。あまり知られている動物ではないが、カニムシ・ザトウムシ・サソリモドキなどもダニと同じ仲間である。これらをひっくるめて蛛形(チュケイ)綱という。「蛛」という感じが難しく、常用漢字表にもないので、最近はクモガタ綱あるいはクモ綱と呼ぶことが多くなった。これらの動物の特徴は、足が8本(昆虫では6本)、触角がなく、複眼もなく、翅(はね)もない。胴体も昆虫と違って頭・胸・腹がはっきりと分かれておらず、頭と胸が融合して頭胸部を形成し、腹が区別される。

5.ダニの形態的特徴


 ダニを区別する最大の形態的特徴は(1)体が極めて小さいこと、(2)頭・胸・腹が完全に固着融合して一体化していること、(3)腹部に節がないことの3点である。また、クモガタ綱に属することから触角や翅がないのは当然であるが、ケダニ類の一部(ハダニ・タカラダニ・ナミケダニ・ミズダニなど)を除いて、眼を持たないものが多いことも特徴である。眼がある場合には、胴体の前方寄りの側縁に1〜2対の簡単な構造の単眼がある。口器の構造は「噛み型」のものが多いが、動植物に寄生するものでは「吸引型」に変形している。雌雄は腹面の生殖門の形を見れば区別できるが、ササラダニでは雌雄を外形的に区別できない。脚は根本から基節・転節・腿節・膝節・脛節・付節・爪となり、爪数は1〜3本, 2本爪の真ん中に爪間体と呼ばれる爪上のものが発達しているグループもある.基節が腹面の胸穴から出て自由に動くタイプ(胸穴類:マダニ・トゲダニなど)と基節が胸板となって固定されているタイプ(胸板類:ケダニ・ササラダニなど)の2つのタイプがあり、それをもとにダニ全体を二つの群に大別する考えもある。

6. ダニの生態的特徴


 ダニの特徴はむしろその生態的(生物学的)特徴にある。クモガタ綱の他のすべての目が例外なく生きた虫を捕食する肉食性であるのに対して(たとえば、葉をたべるクモ、寄生性のサソリなどは聞いたこともない)、ダニの食性は極めて多岐にわたり、肉食性、寄生性、食植生、腐食性、菌食性などさまざまである。それに伴って、生息環境も極めて広範囲にわたり、赤道直下から極地まで、森林も原生林から二次林、人工林、果樹園、公園緑地まで、草原、湿原、畑地、洞穴、湖沼、河川、海岸まで、およそダニが生息できない場所はない。そのためか、他のクモガタ綱の目(もく)が世界に数十種からせいぜい数千種に留まっているのに対して、ダニ目とクモ目だけが数万種のレベルに達している*。クモがこの地球上で大発展したのは生活に糸を使ったからだと考えられるが、ダニの大発展の原因は何だろうか。おそらくは、体が小さかったために、あらゆる場所の隙間にもぐりこみ、さまざまな環境を利用できたからかもしれない。また,様々な餌資源を利用できたからかもしれない.

 ダニは極めて微小な動物であるにもかかわらず、雌雄がきちんと区別される。ダニよりもはるかに体が大きいミミズやカタツムリでは雌雄の区別がなく雌雄同体であることを想えば、ダニが雌雄異体であることははっきりと述べておく必要があろう。多くの場合雌雄の差は形態的上に現れる。たとえば、マダニ類ではオスの背板が身体の前半のみを覆うが、メスの背板はほぼ体全体を覆う。トゲダニ類ではオスの腹板が肛門まで取り込んでいるのに対し、メスの腹板は分離した別の腹板が肛門を取り込んでいる。ササラダニ類では外形的にオスメスの区別がなく、オスメスが交接をすることなく、オスが精子の入った精苞を置いていき、それをメスが見つけて体内の取り込むという受精方法を採る。あるものでは、オスが見られず。メスだけで単為生殖をおこなう場合があり、ササラダニ類でしばしばみられる。

*ダニ類は約5万5千種(胸穴類Parasitiformes約1万2500種,胸板類Acariformes 約4万2500種),真正クモ類は,約4万5千種,ちなみに,昆虫類は106万種、(Zhang, 2013)

以上 文責 島野智之

青木淳一・島野智之・高久元「第一章 ダニとは」を抜粋.一部変更.
2016刊『ダニのはなしー人間との関わりー』朝倉書店 より